自分の幸せを自分で決めてしまう(前編)

こんばんは、あす香です。
今日は女性向け風俗に関係ない幸せを決めてしまう。について。

長々と自分のここ10年ぐらいを語る。

・高校生の頃は剣道が大好きで、声出して竹刀振ってればそれが幸せだった。
・専門学生になってバイトが幸せで、人に気持ちよくなって欲しいな+自分の才能が生きてる仕事が出来ること(神オペレーションをしている自分に酔う)のが幸せだった。(行列が出来る飲食店の席を上手く満席のまま回すのが得意だった)

学生までは幸せだ。
選択肢が少ないからね。

学生以降は残酷だ。自分が思っている方向にしか人生は進まない。選択肢が多い中、自分にどの選択があっているのか選ばなければならない。その選択が正解の選択だという保証はどこにもない。それでも時間は進んでいく。


誰かの声に過剰に耳を傾けていたころ、幸せはたまにやってくるものだった。基本不幸…いや、普通?普通の生活でたまに幸せがやってくる。受け身の姿勢だとそうならざるを得ない。
ある時、気が付いてしまった。私このままここにいたら、この上司と同じように毎日ノルマに追われ過剰なほど化粧品とエステコースを売り、休日は犬と戯れながら韓国ドラマか??(上司をディスってない)でも私はそんな生活が嫌だと思った。から行動をした。

 

 

 

たまたま風俗業を掛け持ちしていた私は、おそらく普通に正社員のエステティシャンのみで働く女の子より少しだけ金銭的に余裕があった。それと夢もあった「起業する」

起業については、先に出てきた専門学生の頃バイトしていた飲食店でキラキラ輝いてる私を見て声をかけてきたおじさんが「起業するとええぞ」「こんな幸せがあるぞ」「こんなところにいけるぞ」と(今更思うと、無料パパ活やんwと思うんだけど高級ホテルのご飯やバー・スパをおごってもらう代わりに月1食事に連れて行ってくれるおじさんが3人いた笑(言い換えると無料キャバ嬢を月に3出勤もこなしていた)が「起業の甘い部分だけ」仕込んできたから起業に興味があった。(ちなみにこのおじさんは20歳の誕生日を超えたあたりからホテル行こうとかハグしたいとか・・・・気持ち悪いなという判断出来て縁が切れた。(意識の高い優良キャバ嬢ならお客様として引っ張れると思うんだけど、昔からそういうのは苦手意識があってパパ活チャンスは逃してしまった。)

 

 

 

 

だから起業したかった。
でも起業してびっくりした。
起業したけど、私って何がやりたいんだろう。もうすぐ23歳になる頃。気が付いてしまった笑

「起業したい!」という夢だけをもって起業したは良いが「起業は楽しい」それだけのイメージで起業してしまったが・・・その先のビジョンを持っていないことに気が付く。笑 若さって怖い。

そして探した、自分ができることを。とりあえず必死に動いた。先の見えない世界を。いろいろな人の話を聞いた。いろいろなことに挑戦した。割とすべて中途半端なまま息子を妊娠する・・・・。

 

 

 

 

息子を妊娠したものの、フリーランスなので働けないと金がなくなる。どんどん貯金はなくなる。でも実家には帰りたくなかった。ずっと家から出たい青年時代でそれは今も変わらない。

コロナでいきなり緊急事態宣言がでて自粛しろと言われたわけだが、約5年前…妊娠期間中10月10日自粛生活を強いられた経験があるから、今回の自粛はあまりびびってない。妊娠期間中の自粛は本当にきつかったし、心から恐怖を感じた。今緊急事態宣言自粛の元、働けない人達の恐怖と絶望は身をもって感じることができる。正直だからうちの店は自粛をしていないという面もある。自粛超怖いもん。少しでも希望があったほうが生きられる。本当になんとかなるからうつ病や自死を選ぶことだけはやめてほしい。(昨年うつになったから強く思う)
固定費が25万ぐらいあって(生活費抜き)23歳でよく頑張ってたなと思う。妊娠期間中も合間をぬって風俗講師をやったり不動産屋の電話受付のバイトをして、あとは親に借金してしのいだ(しのげてない)

 

 

そんな中、当時の彼氏(今でいう主人)は、結婚したくないでも別れたくないとか意味わからないこと言ってて。一応主人の家に無理やりもぐりこんだものの、引っ越し当日にやっぱりうち来ないで、とか言い始めたり・・・まぁ色々あって書いてたらイライラしてきたからこの話は割愛するが、息子が2歳半超えるまでずっと主人にイライラしていた。

妊娠中10月10日ただただ母性本能だけで生きられた気がする。良く生きてたなって思う。体調も悪かったし。

 

 

 

ここまで読んで気が付きました?


学生を卒業して社会人になった私は、かなり流動的に生きていたんです。

人生における自分ルールがなく、自分の幸せとは何か考えたけど、それに対する具体案が無くただただ生きてた。
それなのに自分は出来るっていうおごりがあって、挑戦しているようにみせかけて「何に挑戦しているのかも」「何の目的を達成したくて人生生きているのかも」「何が喜びなのかも」すべて決めていなかった。
 

 

 
当時は必死だったけど、今の私があの頃の私に声をかけるのであれば「頑張っているのはわかるけど、あんた今めちゃめちゃだよ?一緒に頭整理しよう」かな。
 

 

当時の私が他人の言葉を
心から耳を傾けるかどうかはわかない。余裕はなかったからね。人間として。

いつか誰かが教えてくれる・・・受け入れざるを得ないタイミングが訪れる。そう信じて・・・・・。おせっかいおばさんになりたいのだ。

 

 

 

 

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